坂井涼(さかいりょう)はゆっくりと電車から降りた。
彼は地方の中小企業に勤めている。
その冴えない容貌や仕事のせいか、いまだに独身であり、一人暮らしの寂しさに悩んでいた…
「はぁ。今日も疲れた…帰ったらゆっくり寝よう」
思わず年寄り臭い言葉を吐いてしまった彼は自嘲的にけらけらと笑う。
別に彼は厭世的というわけではない。
むしろ人生に対しては、少しでも希望を持とうとしている部類だと自負している。
「ん?」
突然、『瀟殺』という形容が相応しいくらい静かな駅のホームのど真ん中で座り込み、静かに涙を流している子どもが目に入った。
傍らには大きな黒いリュックサックがおいてあり、周りに保護者はいない。
(まいったな…)
仕事帰りに面倒事は極力避けたい…が、黙って見過ごせない自分がいる。
彼はひとしきり逡巡し、仕方なく近寄って声を掛けることにした。
「どうしたの?お母さんは?」
子どもは一瞬、声を掛けられたことに驚いたようだがすぐに肩を落として俯いた。
「おい…どうしたんだ?一人なのか?」
思わず語気が強くなる。
しかし子どもは力なく頷くだけで、またすぐにもとの体勢に戻った。
(どうして何も言わないんだよ。こっちは疲れてるっていうのに…)
「じゃあ…もう行くからな?」
そういって彼が去ろうとしたその刹那…
子どもの目はかっと見開かれ、すがるような目で彼を見、そしてこう言った。
「待って。お父さん!」