第三話 決意

「すごい…すごすぎる」 二人は店を見て唖然と立ち尽くし、金魚のように口をパクパクさせた。 四階建てながらも、十分に奥行きのある建物。 各階に赤が基調の盛大な飾り付けが施され、 一階から順に『1〜3』『4〜6』『7〜9』『10』と数字が色とりどりに点滅している。 「ねえ、ウェイン?これって全部、魔法の飾り付け?」 ウェインがこくっと頷くと、「わあ〜」と歓声を上げるリン。 ウェインもここまで大規模な魔法店は初めてで、体がうずうずするのを止められない。 静かに流れている音楽も耳に心地が良かった。 リンは零れる笑みを隠しきれていないウェインを見て、にっこりと微笑んだ。 外観とは裏腹に少しレトロな感じを纏っている店の入口には、買ったばかりの魔法薬を飲む人々が溜まっていた。 一般的に魔法店では魔法薬を売っていて、それを飲むと購入した魔法の杖の振り方が身につくのだ。 見よう見まねで杖を振っても、杖が反応してくれることは絶無である。 「さ、早く行こうよ!」 リンがウェインの手を掴み、雑踏に足を踏み入れた。 玄関にはエレベーター用のワープゲートが点在していた。 リンは手を繋いだまま、サッとウェインの方を振り返る。 手を凝視し、「あっ」と言って恥ずかしそうに手を外す二人。 ウェインはリンに金貨を20枚ほど渡すと、「じゃあ後で」と呟き、慌てて三階へ行くワープゲートに入った。 「あ〜あ…いいなあ」 リンは羨ましそうに、少し寂しそうにウェインが入ったワープゲートを見つめた。 杖にはレベルがあって、身体能力によって1から10まで分けられている。 さっき各階で点滅していた数字がこれで、階の対象レベルを表していたのだ。 大方の魔法使いはレベル4辺りに溜まっていて、10に辿り着く人はほんの一握り。 ちなみにウェインのレベルは8。 きっと、リンが知らないような魔法を大量に会得している。 幼い頃は神童と呼ばれ、今も『ランシールのウェイン』としてその名を馳せていた。 「はあ…」と自分の杖をもどかしそうに見やるリンのレベルは3。 一階にある『基本魔法』のみで全て事足りるのだ。 それでもやはり世界一の品揃えの店。 リンは真新しい魔法の前に目をきらきらと輝かせる。 3と記された区画全てを見て回ることにした。 「う〜ん。敵を三秒間浮かせたって意味無いしな〜」 リンは目を皿のようにして、良さそうな魔法を探した。 『対象物を五秒間消し去る 6』 『対象物を十秒間麻痺させる 8』 名前の隣りには金貨分の値段が記されている。 なかなか自分にピッタリなものが見つからないので、隣りにある『不思議系魔法』の棚にも近づいた。 『一分間ムカデ、もしくはヤスデになれる 4』 『三分間体から嫌な匂いを発す 1』 予想以上に激しい不思議系ぶりに驚き、慌てて別の棚に行こうとしたリンの視界に、ある魔法が映った。 『中型のドラゴンを召喚する 20』 珍しさに惹かれ、手に取って見ようとすると、隣りから伸びてきた手と軽くぶつかった。 「あ、すみません…」 リンは即座に手を引っ込め、謝る。 そこにはまだ幼さの残る黒髪の男の子が、あたふたとしていた。 「…ごめんね」 リンがにっこりと謝ると、男の子は顔を突然紅潮させて、走り去っていった。 綺麗な音楽だけがやたらと耳に響いた。 「え…どうしたんだろう?」 何処かで見たことがあるような男の子だが、思い出せない。 しばらく悩んだ末、とりあえず忘れ、説明書きを読むことにした。 『…レベルの高い魔法使い相手でも互角に戦えるでしょう』 それを読み「ふう…」と嬉しそうに溜息をするリン。 「よし、君に決めた♪」 ウキウキしながら買いに行こうとしたリンはある魔法の前で目を止められた。 『敵が仲間に放った魔法を自分に当てる 2』 リンは憑かれたように、ひとしきりそれを見つめた。 ジャラジャラとローブのポケットを探る。 自分の金貨がまだ3枚ほど残っていた。 リンはぼんやりと遠くを眺め、「よしっ」と決心したようにそれも手に取り、買いに行った。 いつの間にか夜になっていたが、空には月明りだけが微かに漏れ、月は出ていなかった。
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