第二話 前兆
「わーすごい!これも最高!!あ、これもなかなか渋くて…」 大規模な貿易町である『レーベ』の一角。 ショーケースに並ぶ、色とりどりの魔法服に目を止めては甲高い声で叫ぶ女が一人。 そして 「なあ…もうそろそろいいだろ」 手持ちぶさたに周りを見回し、飽きれた声を上げる男が一人。 「まったく。分かってないな〜」 「いや、もうかれこれ三十分に…」 「ほら、これなんてウェインにピッタリだよ。…きゃ!」 いたずらっぽく笑って何かを差し出そうとしたリンの肩が突然揺れた。 黄色の髪も自然と後ろに流れる。 ウェインは慌てて杖を引き出した。 「そんなに魔法服が珍しいかい、お嬢さん?」 いやらしい…としか形容しがたいような男がリンの両肩を掴んでいる。 堂々とした体躯の男にリンは思わず鼻白んだ。 「邪魔だ。離れろ」 ウェインが鋭い目つきで睨む。 男は「はあ?」と言って馬鹿にするようにウェインを見下ろした。 しかし、一瞬のうちに男の表情が強張り、こめかみには冷汗が流れ出した。 「お前まさか…ランシールの…ウェインか?」 「早く…離れろ」 ウェインは目をさらに鋭くさせ、杖を構えた。 杖先からは火花が散り始める。 男はウェインの髪を改めて一瞥してから、「くそっ」と吐き捨て、足早に立ち去っていった。 ウェインは解放されたリンに駆け寄る。 しかし、リンはウェインに目もくれず、ぷいと顔を背けた。 「どうしたんだ?」 「ちょっとあっち向いてて」 ウェインは訝しげにリンの肩を叩いた。 リンは「やめてっ」と首を横に振り続ける。 「いいからこっち向けって」 リンの肩を掴み、無理矢理自分の方に向かせる。 その途端、リンの瞳から、ぼたぼたと雫が流れ落ちた。 「あ…ごめん…悪い…」 突然の涙にウェインはしどろもどろになって謝る。 それを聞くと、リンはバッと顔を上げた。 「…違うよ!ただ、悔しかったの…自分が何も出来なかったのが」 「リン…」 「ごめんね。私…また、足出まといだった…」 「…大丈夫だよ」 ウェインはぽんぽんと優しくリンの背中を叩く。 すると突然、ウェインを激しい頭痛が襲った。 『そいつを絶対に傷つけるな』 『死んでもそいつを守れ』 昔の言葉が何度も脳内でリフレインする。 仮借ない痛みにウェインは頭が眩(くら)んだ。 「ウェイン…ウェイン……?大丈夫?」 ハッとわれに帰るウェイン。 激しい耳鳴りはまだ払拭しきれていない。 「ん…ああ、うん」 「…そう、良かった」 ニッコリと微笑みながらも心配そうにウェインを見つめるリン。 「魔法の店に行こう。世界一の品揃えらしい」 ウェインが無理に笑顔を作ってみせると、リンは「ふう…」と一息ついてから、納得したように頷き、騒ぎ出した。 「わ〜楽しみだな〜新しい魔法買いまくろう〜と」 「うん。そうしよう」 二人は寄り添い、重くて軽い足取りで店へと歩く。 二人の間に冷たい風がひゅうっと流れた。