大雨の中で…

三年前。 もうすぐ梅雨入りの五月下旬。 塾帰りの、雨の日の出来事だった。 「信じられない!!」 女は泣きそうな顔で男に向かって叫んだ。 友達を待っていた建物の前で、とんでもない修羅場に遭遇してしまったようだ。 「うるさい!」 男は投げやりに、切り捨てるようにそう言い放つ。 そう、若いカップルの『別れ』際の修羅場。 周りへの羞恥心なんてものは既に取り払われていたようだ。 僕のちょうど目の前で、大きな火花のようなものが散り始めた。 「大体お前があそこに行こうっていったんだろ…」 「貴方が何も提案してくれないから!人の気持ちも汲まずに!!」 「何だと!」 「何よ!」 ひえー、思わず、そう口からこぼれそうになった。 男の黒い傘と女のピンクの傘がばさっばさっと音を立てながらぶつかり合っている。 いや、水しぶき飛んでますって… …早く友達は来ないものか… そわそわしているうちにも、言い争いはどんどん進む。 「付き合った頃はもっといい奴だったのにな!」 「あんただって猫かぶってたじゃない!」 雨がどんどん強くなっていく。 その分、僕へ飛んでくる水しぶきの量も…相対的に増えてくる。 「ゴホンッゴホンッ」 気づかせるために、わざと大きめの咳払いをした。 しかし、一向に気づく気配が無い。 雨が強まり、会話もよく聞こえなくなってきた。 ―――突然、大雨で彼女の方の傘が壊れた。 彼氏の手が思わずのびる。 沈黙。 二人とも、複雑な顔で見つめあう。 プツン 「大丈夫か…。あの、オレが悪かった。謝る、ごめん」 「ありがとう…私もあんな事言って、ごめんなさい…」 そう言って二人で笑いあう。 …驚いた。 まさか、仲直りするとは… さっきまでの関係が嘘みたいだ。 ハンカチでお互いの体を拭き合っている。 やっとこちらに気がついたらしく、二人とも恥ずかしそうに僕に会釈する。 僕もぼーとしつつ会釈し返す。 そのまま、彼氏は彼女の耳元で何か囁きながら、彼女はそれを聞いて幸せそうに微笑みながら何処かへ歩いていった。 雨はもう弱まっている。 さっきまで二つだった傘が 一つに重なっていた
「ごめんごめん、雨で遅れた」 友人が来た。息遣いが荒い。 「おせーよ」 「ごめん、いや〜しかし…雨って本当にうぜーなー」 …本当にそうかな? いいや…。 僕は目を閉じて小さく呟いた。 「そんなことないよ」 「え?」 友人が不思議な顔をして聞き返す。 「何でもない。行こう」 僕は傘を持ち直し、ぼんやりと、白い空を見つめた。 雨だって悪くない。 そんなことを思いながら………

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