朝の出来事

 朝の電車のホームは面白い。  毎朝10分くらいの待ち時間があるのだが、そのたった10分という時間の中に、 計り知れない程のたくさんのドラマがつまっている。 正直、味気なさを感じたなんてことは一度足りとも無い。  今日もまた、一つのドラマを見た。 ―――ダッダッ 階段を降りている僕の横を、一人の少女が足早に駆けていく。 時々、後ろを振り返り「おじいちゃん、早く〜」と声高に叫ぶ。 その、遥か遠くでは―――通称『おじいちゃん』がぎこちなく笑いながら、懸命に早歩きをしている。 電車のドアが開く。 続けてホームにベルが鳴り渡る。 少女は遠慮がちに乗り込み、振り返る。 「おじいちゃん〜」 掛け声がこだまする。 ホーム上の視線が集中した。 僕も思わず息を呑む。 『まもなく』 「おじいちゃん〜」 『2番線の』 通称『おじいちゃん』は階段を下へと走る。 完全に肩が上がっている。 駄目か… ホームにいる全員がそう思った。 その時――― ―――! 突然、『おじいちゃん』が、飛んだ!! 『ドアが閉まります』 シュー 無音。 静けさ。 ―――ガタンガタン ガタンガタン ガタンガタン――― 『おじいちゃん』は… 乗れなかった。 飛んだ。 確かに…飛んだ。 距離にして、約30センチ。 『おじいちゃん』はゆがんだ顔を必死に崩し、周りの人に会釈して、とぼとぼと改札口への階段を上り始めた。 鼻を啜る音がする。 いつも騒がしいホームが信じられないくらい静かになっていた。 皆が『おじいちゃん』を見つめる。 『おじいちゃん』の背中は小さかった。
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